古町下屋敷遺跡(ふるまちしもやしきいせき)
立科町古町地区にある古町下屋敷遺跡(ふるまちしもやしきいせき)は、古代芦田川により構成された堆積台地に立地し、立科町最大規模である古町遺跡群に属する。
戦前、薬用人参栽培の耕作中に、石棒・石器片等を発見したことをきっかけとして、昭和46年(1971年)には、長野県教育委員会の「新産都市開発地内埋蔵文化財緊急調査」が実施され、この遺跡の学術的価値が高く評価された。
その後、昭和48年(1973年)には学術調査が実施された結果、集石遺構が検出されており、再調査に備えそのまま埋め戻してある。
遺物には、岩偶・多種石器類・縄文時代晩期・弥生時代土器片が出土している。
写真説明
岩偶(縄文時代晩期・古町下屋敷遺跡)
砂岩を彫刻して顔面を表現した完成品である。裏面は平らで、額から太い穴が斜め下に向かって通じている。
鼻の両脇にひげを表すような彫刻が施されている。
現地は埋め戻してあり、見ることは出来ません。
岩偶に関するお問い合わせは立科町教育委員会(電話0267-56-2311)まで
この記事に関するお問い合わせ先
- みなさまのご意見をお聞かせください
-
ご意見ありがとうございました。
更新日:2023年03月31日